ふとんと言いながらベッド派です。

大公開メモ、かつ自分の観察ノート

巻き込まないでえ

父の、アルコール依存に近い状況の要因は祖母が大きいと。

説得の末、本人も治す気になってなってきてよかったものの、父と祖母の親子関係の修復もしなきゃあかんのかーい。当事者同士がすべきことなのに。

祖母は、私が実家に帰ってきて1年と少し、どんなに語りかけても(ここに書くような大失言はしていない。ストレートな物言いはしている。)、大分長く生きているので他人の話に耳を傾けない。頑固ってやつだ。本来実家に一時戻りしたのはこのためではない。私のタスク、結構大変なのだが、経験したことのない人には想像できないのだろう、協力が得られない・・・・・・・・・・。・の数はため息の数みたいなもんだ。

いや、本音でいこう。想像力がないから想像できないのだ。想像力がないとは?単に学習の不足ではないだろうか。問題を解くだけでなく、実験前の実験結果の推測や、文章読解も含めて、学習経験が足りない。もしくは経験を身にできていない。祖母に関しては100歩譲って時代のせいにしたとしても・・・相手の立場に立って考える、なんて幼稚園の頃から言われた気がするのだが、できないらしい。なお、認知症ではない。年相応の認知機能だ。

頑固な人間に対して、業績がある、とか、人格者である、なら100歩譲ることを検討できるのが、現実は異なる。

また、父方の人は他者依存甚だしい。どうして一人になれないのかが理解できない。どうして一人でいられないのか。どうして一人で生きていこうと思えないのか。金八先生の「人」を、都合よく解釈しているんじゃないだろうか。人と人が支えあう前提は、個人が自立していることだ。

 

親のアルコール問題をはじめとする諸問題は、この家にいるうちに、アルコールのほうはできれば6月末までに軌道にのせたい。

私を育てたのは母と母方の親せきであり、父、父方の人間ではない。むしろ彼らは実力がないにも関わらず貶してくるのだ。睡眠時間削って仕事後に法要に出たら面と向かって貶してくるのだ。相手にはしない。相手にする価値なし。私にかかる必要なお金は母が働いて全て用意した。あちらは遺伝情報しか私に提供していない。生命はお金では買えないから感謝しなきゃいけないだろう。しかし、家族だから他人の有意義な時間をこんなにも奪って当然という考えは本当に改めてほしい。(と毎月1回は必ず言っているのに著変なし。)

以前使用していた聖書を貸してと言われ貸したが、学びは得られなかったようだ。写経もしているようだが・・・?宗教に触れたがっているのに理解しようとしないから変わりたくても変われない。表面の理解だけでは全く意味がない。実際に教会なり寺なりにいって話を聞いたり、活動に参加した方がよろしい。

全く困ったもんだ。