ふとんと言いながらベッド派です。

大公開メモ、かつ自分の観察ノート

士気が低い人、poison

昨晩の記事の推敲をして思った。

 

なぜこのような状況に陥ったか。

 

強く立ち向かうことのできる時と、弱く崩れ落ちる時の違い。

 

 

そして導き出されたこたえは

士気が低い人間といると、伝染する。だ。

 

 

人のせいにするなよって思うかもしれない。

 

でも私は1人でいるときこそ打たれ強かった。

 

なんとか生きていかなきゃいけないって気持ちが強く、アホみたいに落ち込むことはなかった。

アホみたいに強かった。

当時を知っている知人に言われる。

 

 

 

友だちは選べ、とマルフォイは言うけど

 

わたしは友だち以外にも、とにかく関わる人間は可能な限り選べ、と思う。

 

 

家族は毒だ。

士気の低い家族構成員は本当に毒。

家に、本人ら曰く、死を待ち望んでいる人間が私以外に2人いる。母ではない。母はバリバリ働いている。定年後も働くそうだ。 

彼らは、人生は長いから、と度々言う。

わたしはその人たちの半分も生きてないが、人生は短いと思う。

やりたいことをやり遂げるだけの長さがあるかどうか、おそらく無さそう、というのが私の見解。

というか、病気をやっちまった人間からしたら、限界に挑んだことのない人間の話など聞きたくない。

できない人間に影響されるなんて、

自分の未熟さを恨む。

 

 

私は小学生のころ、外部に預けられていたし、中学以降も家庭から離れていたため、あまり親の影響を受けずに育った。

いや、違うか。

学費を捻出してくれた母親の信念には大きく影響されている。基本は学校で教育方針か。

 

そんなこんなで高校を出た後、家族と関わるようになって、なんだこの人たちは、と思うことの多さ。

父親はいるが、私には一切金を出さない人だ。

出さないっていうか、出すほど立派な稼ぎはない。

養う、というワードは、彼の脳内にインストールされていない。けど、女に面倒を見てもらうながら当然、という意味不明な価値観はインストールされている。

毎日毎日、受動的に、テレビを永遠眺め、酔いつぶれる父の姿にはうんざりだ。

 

他にも、ことあるごとに私がいなければ。死ねばいいんだ。って笑いながらいう人がいる。母ではない。

あなたは死にたくなるほど頑張ったことはあるのか?ていうか死にたいって、笑いながら言う言葉じゃないと思うんだけども...

と思ってしまう。

本当の病気になると、ダイエットのために食べないのではなく、食べるという概念が消えてしまう状況を知っているのだろうか。

知らないだろうなぁ。

眠れないが、一睡もせずに何日間も稼働し続けることだと、知っているのだろうか。

知らないだろうなぁ。

 

 

感謝することは勿論ある。

この命が存在することに先ず感謝だ。

一時的に再度お世話になることが出来た。

感謝する。

でも感謝と尊敬は別物なのだ、私にとっては。

尊敬できる人と関わり、追いかけ、向上し続けたいんだ私は。

 

 

 

ここにきて気づいたのは

悪影響を及ぼす人間が、士気が低い、のではなく、

価値観の違いが生じているだけのことだ。

価値観が違うから不整合を生んでいる。

 

価値観が違えば、何に一番を求めるか変わってくる。

 

私は闘い続け、自分という作品を磨き叩き上げることにプライオリティをおく。たぶん、そこが違う。だから価値観の違いを、士気が低い、と表現するのかも。

 

価値観が違うと、そりゃ、家族なんてやっていけないですわ。

これは男女の結婚の時に揉めるやつですわ。笑

揉めて無くしたしね。このときは蓋を開けたら何故か女が金を稼いで、でも子育てもして、おれは養う気ねーよ?みたいな人間だった。とりあえず百万貯めて来いやって言われたときに「アアン?」となったのは確か。あんさんより稼いでますから〜残念っ

他にも家探して来いや!とか料理つくれや!とか。いやいや毎日料理してるし定時で上がれる人間が何ほざいとんの?って思いましたわ。

ちなみに彼は未だにストーカーです。謎の手紙が実家に届く。なんで実家知っとるん?ポリスも市も助けてくれないからね、自分で戦う力をつけなきゃいけない^^笑

 

 話はそれましたが。

 

 

ここで巻き込まれてしまっては本末転倒だ。

目的遂行のために、あの人たちとは違い、逃げない姿勢を保ち続けなければ。

 

タイトルは懐かしの反町さんの曲の歌詞のパロディです。